東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15284号 判決 1969年7月14日
原告
株式会社高村工務店
代理人
西田健
同
後藤孝典
被告
金子リツ
代理人
富川寅次郎
主文
被告は別紙図面(一)、(二)表示の土地上に存在する別紙物件目録記載の建物を原告が取りこわすことを妨害してはならない。
被告は同図面表示の土地上に原告が鉄骨コンクリート三階建の建物の新築工事をすることを妨害してはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和四三年一月二〇日、田中ツキとの間に、原告において別紙図面(一)、(二)表示の土地上に存在するツキ所有の別紙目録記載建物(以下本件建物という)を取りこわしたうえ、同地上に鉄骨コンクリート三階建の建物を同年一月末頃着工し同年五月末日までに完成する旨等の請負契約を締結した。
右ツキは同年二月四日脳溢血で急死したのでその法定相続人である訴外田中英治、同田中実および被告は右請負契約の注文者たる地位を承継した。
二、本件請負契約の請負人たる原告は注文者たる被告に対して本件請負契約に基づき本件建物を取りこわしたうえ鉄骨建物を新築する義務を負うと同時に、右工事実施を受忍することを請求する権利を有する。
ところが被告は田中ツキの内縁の夫であり本件建物に居住している訴外石神久男に対して、昭和四三年三月二九日頃、本件建物がツキの相続人としての被告ら共有に属すると主張し、右請負契約に基づく工事をすることを禁ずる旨通告したので、右石神はやむなく原告に対し工事着工の延期を申し入れてきたため、原告は事実上右工事に着手することができない。右被告の行為は本件請負契約による工事の施行を妨害しているにほかならない。
三、仮に、原告と田中ツキとの間に右請負契約が成立しなかつたとしても、原告と石神久男との間に昭和四三年一月二〇日本件土地上に鉄骨コンクリート三階建の建物の新築をする旨工事請負契約が成立し、本件建物の所有者たる田中ツキは原告および石神久男に対し本件建物の取りこわしと新築を承諾した。そして、ツキは死亡し前記のようにして被告はツキの地位を承継したから、被告は本件建物の取りこわしと建物新築を受忍すべき義務がある。然るに、前記のように被告は、これが工事を妨害している。
四、よつて、原告は被告に対して、右工事を妨害してはならない旨の判決を求める。
五、なお原告は、東京地方裁判所に対し、被告を相手方として工事妨害禁止を求める仮処分命令を申請(同裁判所昭和四三年(ヨ)第五八一七号不動産工事妨害禁止仮処分申請事件)し、同事件において、昭和四三年六月一三日、同裁判所から、「被告は、原告による本件建物の取りこわし、建築工事の各施行を妨害してはならない」旨の決定を得たところ、本件は、右事件につき被告から本案の提起を求め、同裁判所が起訴を命じたのに応じ提起したものである。
と述べ、被告の主張に対し、「本件建物が昭和四三年夏頃原告の手によつて取りこわされたことは認めるが、右取りこわしは原告申請にかかる右仮処分事件においてなされた、同裁判所の各仮処分決定の執行後になされたものであつて、本件本案訴訟には何らの影響を及ぼさないから、被告の主張は失当である。」と答え、<証拠略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
<中略>
本件建物は昭和四三年夏頃原告の手によつて取りこわされているので、被告の妨害は存在せず、それ故本訴は訴の利益を欠きもしくは請求は理由がない。又原告と石神久男との間に新築工事契約が結ばれたとするなら被告には全く関係のない契約であるから本訴請求は失当である。<証拠略>
理由
一<証拠>によれば、原告と田中ツキとの間に昭和四三年一月二〇日右田中ツキを注文者、原告を請負人とする原告主張のとおりの請負契約が締結されたことを認めることができる。甲第二号証に、注文者として「石神久男」と記載され、又甲第三、四号証の名宛が各「石神」となつていることは、原告会社代表者尋問の結果、弁論の全趣旨にてらし右認定を妨げるものではないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そして右田中ツキが同年二月四日死亡したことおよび被告が右田中ツキの法定相続人の一人であることについては当事者間に争がない。そうすると被告は相続により本件請負契約の注文者たる地位を承継したものである。
二ところで被告は昭和四三年三月二九日頃田中ツキの内縁の夫である訴外石神久男に対して本件建物の増改築禁止を申入れ(この点は当事者間に争がない)、右石神はそのため原告に工事の延期を頼み込み、よつて原告は止むなく工事を延期していることは証人石神久男の証言、原告会社代表者尋問の結果からこれを認めることができる。そして、被告の右行為は、本件請負契約に基づく原告の工事施行を妨害しているものというに妨げない。
三しかるところ、およそ請負契約の注文者は請負人が請負契約の趣旨に則り施工する工事についてはこれを妨害してはならない義務があること信義則上当然のことであるから、原告は被告に対して本件工事の妨害をしないように請求することができると言わねばならない。
四なお、被告は本件家屋がすでに取りこわされているので被告の妨害は存在せず本訴は訴の利益を欠いて不適法でありもしくは本訴は理由がない旨主張するが、原告が被告を相手方として申請した仮処分申請事件において、昭和四三年六月一三日、「被告は原告のする本件建物の取りこわし、建築工事の施行を妨害してはならない」旨の決定がなされたこと、本訴は右事件につき被告からの申立によつて出された裁判所のいわゆる起訴命令に応じ提起したものであることは被告も認めて争わず、本件建物のとりこわしは右仮処分決定執行後になされたものであることは被告も明らかに争わないところである。しかしていわゆる満足的仮処分の一種たる本件のごとき不作為仮処分決定が執行された場合は仮の履行状態が作り出されているのであるから、その当否は本案訴訟の当否にかかつているのであつてすなわち執行後の事実の変化は本件本案請求の審理に影響を及ぼさないのであり、本件建物が滅失したとしてもこれを斟酌することなく、本件仮処分のなかつた状態においての原告主張の当否を判断するものであるから被告の主張は失当である<以下略>(秋吉稔弘)